ビビッド・ミッション、お任せを
         〜789女子高生シリーズ
 


       




都心からちょいと離れた郊外型住宅地に隣接し、
そういう土地柄だからか、
一旦は様々な業種へ向けての汎用工業地帯にと開発されかけたものが。
環境悪化するような誘致なんて聞いてないぞとする周辺住民からの反対と、
それより何より、
ユーロ関係の混乱に発し、世界的な不況とまで案じられた、
円高ドル安のあおりを受けたものか、
日本経済の低迷がとうとう恒常化しかかった事態との兼ね合いから。
よその汎用用地もそうであるのに右へ倣えで、
買い手がつかぬまま、開発の途中でほぼ放置されてしまって早数年。
そんなこんなな とある郊外区画の一隅に。
更地状態よりかは手も入っていたものか、
工場らしき形態の基礎として、社屋が作られまではしたらしいものの、
結局の今は無人になって放置状態という、そんな廃工場がこれありて。
倉庫への搬入のためだろう駐車スペースも広々と整地された空間が、
敷地全部が金網を張ったフェンスで囲まれ。
門には横へレールで開閉させる格好の
頑丈で重々しい鉄の門扉もこしらえられていて。
見苦しい雑草こそ あちこちに生え放題なものの、
窓だの扉だのも割れもせぬままの健在なものだから。
稼働してはないものの、
買い受けたいとする人も頻繁に見学に来るほど、
手入れは行き届いているらしい物件でもあるようで。

 「どこへ逃げたか…しか、追われはしないと油断したんですかね。」
 「う〜ん、どうでしょう。」

誘拐犯らが使っていたクリーニングの回収車…に見せてたバンは、
やはり盗難車だと判明したそうなので。
真っ当な持ち主の素性の検索や、
盗難に遭った場所周辺の聞き取り捜査を待っていても、
そうそう速やかには埒も明くまいし、得られるものも少なかろう。

 『なので。』

逃走経路よりも、どういう経路であのQ街まで来たかを、
Nシステムやあちこちの防犯カメラを覗いて逆探知したと言い出したのが、
警察管理下のデータベースもちょろいちょろい、(こらこら)
我らがネットマスター、ひなげしさんこと 平八だったりし。

 「新しいデータが上書きされる前にと、
  大急ぎで拾ったんで間に合いましたよ。」

何せ、表向きには“何も起きてない”ワケだから。
もしかして警部補殿や佐伯さんが、
何かしらの口実を設けて検索作業を手掛けたとしても、
過日の記録ほど とっとと上書きされてしまうため、
逃亡先より登場ルートをという着目点は、だが、
手遅れという憂き目によって埋没されかねぬ。
そこで一刻も早くと頑張ったところ、
何の変哲もない白地に社名の入った回収作業用バンは、

 「あんなところに放置されてたってですか。」
 「いい場所だと思いますよ? 放置されてた間の目撃者も出なかろうし。」

今回のお嬢様たちは、
正義感が強いらしいお姫様とその侍女さんという対象のやらかした、
やや無鉄砲なあれこれを拾って此処へと到達した身なせいか。
微妙ながらではあるものの、いつものような大胆不敵な構えよりかは、
様子見をしたり考察を巡らせたりの 幅というか溜めというかが、
少々余裕もっての広さ深さを見せており。
敵さんの周到な企みへ、出遅れてるからというハンデを埋めんと、
待って待ってとがむしゃらに追っかけてのこととはいえ。
度肝を抜かせるには効果があるものの、
一気呵成、勢いやノリに任せたぶっつけ本番という、
一歩間違えたら大火傷しかねぬ行動ばかりだったのに比べたら、
周囲を見回し、相手を見据え、自分たちの足場も固め…と、
結構 冷静に対処出来てもいるものの。

 「相手陣営の現状はまったくもって判らないってのが、
  一番のネックですかね。」

何と言っても向こうには、ホノカさんの妹という人質を取られている。
ただ殴り込みをかけて揺さぶったり脅したりした末に、
一味を此処から燻し出したらいいってもんじゃないのは当然のことだが。
今回は警察に応援要請が出来ないのも痛い。

 「来日していたことを隠していたのは、
  国交の条約が締結されてない間柄だからですものね。」

被害者側も 犯人サイドも某国の方々である以上、
民事不介入ではないけれど、どちらかだけへ加担するのも微妙な話。
そして、そういった波風を立てることで、
犯人側が義理を立てんとした肝心な某勢力が、
ウチには関係ないとばかりにそっぽ向いたりしでもした日にゃあ。

 「事態がますます混迷しかねない。」

人の世というものは常に流動しており進化してもおり、
そういった変化や柔軟さを考慮するなら、
当然、幾らでも可能性があるため、
二者択一しか答えがないとは限らない…とするのが、
いわゆる“大人の考え方”ではあるけれど。
その反面、
政治用語が難解なのも、法律用語が複雑なのも、
状況がどう転んでしまっても、
どのようにでも解釈出来るようにだとすれば。
一種の迷宮状にしてあることで、
いざっていう時には 七色の弁舌を繰り出してくぐり抜け、
何としてでも責任取らずに済むように…だとも解釈は出来るワケで。

 「捨て鉢になった相手が、
  妹さんを盾にした上で 正面切って国交締結反対を要求したとしても、
  それは皇女ではないと言い逃れされたら一巻の終わりだし。」

 「とはいえ 助けるべきでは?」
 「その前に、犯人サイドが絶望から錯乱しかねぬ。」
 「…う、う〜ん。」

敬愛してやまない国家や崇高なるイデオロギーのため、
どんな犠牲も厭わぬと始まって。
国家なんて 形の無いもののため、
非力な存在を犠牲にしたくないと終わるのが戦争でしたっけね。

 「大人の事情ってコレだから嫌い。」

まあまあ、まあまあ。(苦笑)

 「ただ。」

一味のアジトらしいと目串を刺した、廃工場を見下ろす位置取り
…といっても どんだけ遠いのだというほど離れた、
とある大学院の研究棟 屋上にて。
朝も早よから“野鳥の観察で〜す”なぞと誤魔化した上で、
超高感度望遠レンズにて現地の下見をしにおいでだったお嬢様がたで。
まだまだ早朝のうちは冷え込むだけに、
ちょっとしたスキーウェアかジョギングウェアのようなそれ、
風を通さぬ つるんとした素材のスポーティな上下、
いかにも十代、色違いでお揃いとし、
ミニマスコットのブローチを胸元へ幾つか、
女子高生らしい可愛さで飾っての着込んでおいでだったので。
継続的な研究の途中か、泊まり込みらしい院生が、
屋上へ出るガラス扉越しに彼女らを見かけては、
おおお、可愛らしいと見とれた末の、視線をついつい寄越すほど。
事情は知らねど 一体何の天体観測かしらん なぞと、
至って平和、なんら怪しまれてはないままに、
実は…結構 物騒な相談を交わしておいでなのであり。

 「最初から奇跡に頼ってちゃあ始まらないとは判っているけど。」

双眼鏡越し、野鳥にしちゃあ いかついおじさんが、
工場の窓にちらりと見えたのへ、一瞬 口元を震わせた七郎次。
むむむと激高しかかり、だがだが気を取り直して続けたのが、

 「良親様が
  何らかのフォローに回ってくれはしないか…も、大きいですよね。」

時折、久蔵のボディガードも請け負っておいでだというほどに、
そうそう消息不明になりっ放しという奔放な存在ではないはずなれど。
その割に、いまだに正確な肩書というか正体というかは掴み切れてはない、
微妙なお人なのでもあって。
警察官である勘兵衛や佐伯さんとも、面識以上の蓄積はあるらしいし、
久蔵の祖父という、列伝的人物にも見込まれているらしいとあって、
行動的だし世渡りにも長けた、辣腕だというのは判るものの、

 [お嬢様がそんな事実を知ったのは、
  情報を集める為にと閲覧してらした
  幾つかのチャットや掲示板経由というちょっと考えられない逆探知で、
  つぶやき専用にしてらした携帯端末に届いた
  密告メールからだったのですが。]

 [お嬢様に似た人が攫われたことを知っていると、
  その密告の人は言っていて。
  どこへ隠れているかを教えても良いとまで言って来ました。]

 [電話やメールでは逆探知されかねない、
  そうはならない“伝令役”がほしいということで、
  お身内の誰か、口の堅い、機転の利く人を寄越してはくれまいかと
  その怪しい一味の人から言われた…という伝言が ]

途轍もない逆探知という格好でのネット経由で、
護衛も何もひとっ飛びし、
皇女様やホノカさんへと接触したのも、恐らくは彼の仕業だろうし。
ホノカさんを拉致しかかったあの現場にも、
作業的にはこっそりとだったとはいえ、
堂々と実行犯としてお顔を出してた彼でもあって。
そんなところへの潜入といい、ネットを自在に操れているところといい、
今現在は敵方の人間ながらも、
相変わらずのやり手だなぁと ひとしきり驚いたお嬢様たちだったものの、

 『随分と遠回しというか、
  策を弄し過ぎてて却って危なっかしいと思いませんか?』

誘拐とか拉致という格好で誰かを強引に連れ去ってしまうのは、
その人自身に用向きがあるか、あるいは、
何かしら要求があっての、交換条件の盾にするためで。
後者の場合は“交渉”という次の段階が待っており、
その際、今時の発達した通信事情を考えれば、
電話だのメールだのだと逆探知されるリスクも確かにあるものの、

 『だからって、
  またの人質になりかねないのに“誰かを寄越せ”だなんて。』

何だか妙な手際だと、白百合さんが言い立てたのへ、

 『そうですよね。』

同感だと言うことか、小首をかしげた平八。
たとえ了解を取りつけられたとしても、
それでと出て来たお人への連絡には やはり電話は使えずで。
あちこちに隠した伝言を拾わせる…とかいう格好になるのでしょうから、
そんな待ち合わせって、手間も時間も掛かりますよねと。
呆れたように並べたそれへ、久蔵が ふと続けたのが、

 『…時間稼ぎ?』

あくまでも慎重に運ぼうと見せかけて、
その実、交渉のための交渉がいちいち要るような、
複雑で遠回しな段取りを挟みたかったのじゃあなかろかと。
そうと答えた(??)ものだからと、うんうんと深々頷いた白百合さん。

 『きっと、向こうの陣営だって、
  日本という土地には不慣れなはずですし。
  アタシだったら、まずはそこへと付け込みます。』

そんな論をご披露した上で、
相手一味の懐ろ深くにおいでの彼を指し、

 『こうした方がいいとの助言を装って、
  その実、破綻しやすい策を提供したおしておいでなのかも。』

 そんな目論みを抱えた上で、
 獅子身中の虫とばかり、怪しい一味の中へと潜入しておいで。
 あくまでも協力しているように見せかけて、
 最悪の事態を打破するつもりな良親なんじゃないかと、

 「そこまでのお人と思うのは、都合が良すぎましょうか?」
 「…う〜ん。」

ついのこととて、今またそれを問うてしまった白百合さんだったのは。
確たる要素とするのはそれこそ危なっかしいとして、
作戦上の鍵には出来ぬと、昨夜の作戦会議の場では“保留”となったのに。
今日になって相手の“本拠”を眺めているうち、
今更ながら未練のようなものが沸いて来たからで。

 “だって良親様といや。”

遠い“前世”の話じゃあるが、
まだまだ年端も行かなかった少年兵だった自分が、
肩書こそ“副官”とはいえ、
前線間近で出撃も頻繁という部隊へ配属されたのへ、
征樹と二人、随分と気遣ってくださった人だったから。
ちょいと悪戯好きで、判りにくい手配りをなさることもあって。
例えば例えば、
珍しくも自分の不手際を七郎次に押し付けるようなことをなさって、
でもでも、それでの謹慎とされた間に、
たいそう苛酷な戦線への出撃がかかり、
七郎次はそのまま基地へ居残りとされたことがあった。
経験値も高く、白兵戦慣れしてらした猛者でも、
重傷を負ったり戦死なされたりと、
さんざんな戦果を抱えて戻られた皆様を出迎えつつ。
ああそうか私は庇われたのだと、
口惜しいやら歯痒いやら。
やはり怪我を負って戻られた美丈夫へ、
か弱いぐうを叩きつけ、余計なことを…と泣きついたものだったっけ。

 「……。」

そんな人だったそのままだと思ってしまうのは、一方的かなぁなんて。
妙に迷いが出てしまう七郎次らしいのへ、

 もしかしてシチさんたら…。
 な、何ですよ、ヘイさん。

正念場を前に、腰が引けているのではとか言われるかと思いきや。
今日は降ろしているつややかな金の髪を風にあそばれつつ、
やや身構えた白百合さんを ちろんと見やったひなげしさん、

 「勘兵衛殿から乗り換えますか? 若いのへ。」
 「な…っ。//////」

 ちょいワルなアウトローってのは、
 確かに 陰の魅力がありますしねぇ。

 う…。/////

 それを言ったら島田も…。

 あう…。/////

 そっかぁ、シチさんたら。
 シチってば。

 万能優等生だもんだから、無い物ねだりなところが強いと。
 強いと。

わざとらしくもお顔を寄せ合った、
平八と久蔵、二人がかりで こしょこしょと囃され。
真っ赤になったまま恐れ入るかと思いきや、

 「こらぁ、黙って聞いてりゃあ…っ。///////」

綺麗なぐうを振り上げた白百合さんだったのへ、
きゃあvvと愛らしい声を上げ、逃げる振りするお嬢さん二人。
いや別に、女性の研究生がいない大学院ではないのだけれど。
屋上の見晴らし場を使っての、
愛らしいお声での鬼ごっこが始まったのへは、
何だ何だ何ごとかと、
研究漬けで萎れかかってたお兄さんがたが寄り集まって来てしまい。

 あ、すいません。//////
 いやいや、ヘイちゃんのお友達でしょう
 どの子も本当に可愛いねぇと、

妙な間合いに妙な場で、
思わぬ 和気あいあいな空気を醸してしまったそうでした。(おいおい)






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  *何してんだか…。
   シチさんの逡巡ではないですが、話が全然進まないぞ〜。

  *もしかして七郎次さんは、
   良親様のことを、
   悪肥えした官僚が牛耳る政府や機構に
   “なっとらん!”と怒ったその気勢のまま、
   何かしらの組織を立ちあげた
   思想家辺りと思っているのかも知れません。

   「ほら、何ていいましたか。攘夷でしたっけね。」
   「シチさん あなた、いつの時代の人ですか。」

   そういうのって過激派と紙一重だという発想は、
   浮かばないらしい辺りがお嬢様。(どっちにしたって…)


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